レバレッジで見る世界

レバレッジとは簡単に言ってしまえば他人のエネルギーを利用して自分のエネルギーを増加し目的を達成する行為だと思っている。

レバレッジは普段日常の中に溢れている。手元にあるリソースでは普通手に入れられないチャンスを手に入れる事ができる。奨学金などはその例で、奨学金を借りて大学での教育を受ける事で将来の可能性にレバレッジを効かせているわけだ。

金融においてレバレッジが示す危険な理由は倒産と過剰債務。レバレッジは大きな力を齎すが同時に新たな義務を背負うことになる。その重さに耐えきれなければ、大きなチャンスを失うことになるし、義務の多さに振り回されてもチャンスを失うことになる。つまりは、本来、将来のチャンスのためのレバレッジが自分の首を締める原因になってしまうということだ。こうなると元も子もない。

大切なことは既存の義務を果たして、新たな義務を背負っていくことだと思う。レバレッジを極力活用しない生き方もあると思う。ただし、一人でできることには限界があることも、覚えていてほしい。物理的に。

企業のレバレッジで言えば、若い企業は借金を避けて成熟した企業はレバレッジを増やした方がいいと言うこともある。人間にとってはどうだろうか。

仏教には誓願という行為がある。仏の前で、自分の確固たる目標と達成すると誓う行為である。約束というのは自分一人、人間の自制心は全く当てにならないことを、我々はよく知っている。何かを果たしたければ、必ずやり遂げると、他人に誓う事が一番効果がある。
レバレッジによる義務には同じ効果がある。ちょうどいい義務がよい危機感を生み、よい行動力に繋がる。特に怠惰な人間にはおすすめだ。

レバレッジの論理は人の世界との向き合い方にも応用できる。レバレッジの中でも最も価値のあるものは、おそらく、同僚や友達やコミュニティからの尊敬だろう。それがあれば人や物を動かせるし、驚くほどの裁量が手に入る。理解され、尊敬される存在になれば、それが可能になる。〜〜
レバレッジを使うことを恐れないでほしい。その力を使えば、できないこともできるようになる。何より、自分に対して高い基準を課し、それを他人に約束することで、善い人間になれるかもしれない
ー『ハーバードのファイナンスの授業』ミヒル・A・デサイ

日常のなかにレバレッジの論理を見出せる機会は多くある。そこから生じる義務とチャンスをどうのように折り合いをつけて活用出来るかのトレーニングを日頃からしていけば、大きなレバレッジに出会った時によい判断が出来ると思う。
ただし、ミヒルのいうレバレッジで大切なことは、今という時間、出会う人たちにどれだけ誠実に向き合えたかという積み重ねが、大きなレバレッジを生むということ。努力をしない人間に力を齎すものでないし、短期的に利益を出せても長期的には成功出来ない。身の丈にあったレバレッジが大切だ。ならば身の丈を大きくしていけばいいだけのこと。

 

流れ星

流れ星はなかなか見つけられないが、実は見えてないだけで結構あるらしい。

流れ星が多く見られる場所に移れば願い事も叶いやすくなるかもしれないが、まさかこの環境こそが問題だと気付ける人がいくらいるだらうか。

初詣とくじ

初詣に行った。大吉だった。

小銭が無かったから、借りた金でひいたクジだった。この場合、大吉は君の運勢なのか、私の運勢なのか非常にややこしい。

この際、ふたつに分けてお互いに吉ということにしないか。

 

角みと丸み

冬は夏よりも物が角ばっている気がする。

言ってみれば、夏より冬の方が包丁の切れ味もいいかもしれない。


刺すような寒さという。刺すような暑さというものは聞いたことがない。

冬というものは鋭利なものなのかもしれない。


だから、影響されて存在する物も鋭利になってしまう。

毎日昇降繰り返す階段も、夏よりも角ばっている気がする。


角ばりと丸みの調和が大切だ。温かいものは丸い。

丸みばかりでもいけない。角ばりばかりでもいけない。