フラワーベース

家にいる時間が増えそうなこの頃だから、花を置いてみた。 何をするわけでもなく、フラワーベースに目をやれば、生き物がひとつ。

待つこと

待つことが出来ないのは、待つことの怖さにある。 このまま、待っていても何も自分だけ得られないのではいか。 自分よりもはやく、誰かが大切なものを持っていくのではないか。 そういう気持ちが、待つことの怖さを増幅させ、痺れを切らして動いてしまう。 …

煙草

煙草は口実とその先にある偶然のために吸っている。 もし辞めたら、ベランダに出る口実がなくなる。 夕方、山に流れる雲を眺めたり、夜景を見て、考えに耽ることもなくなる。 吐き出した煙を目で追った先にある景色に気が付くこともなくなる。 世に無駄だと…

日の名残

‪窓際にソファを置いて、夕日を眺めて珈琲を飲みつつ、仕事しようとしたけど、全く手付かずだったと後悔をするのも、いい日曜日の過ごし方だ。 そうこうしてるうちに、外は真っ暗になって、もう取り返しがつかなくなる。 日が出ているうちは、まだ何か取り戻…

区切りとは

時間に区切りを見出すのは、人間にしか出来ない。 死という終わりを知っているから、その中に区切りを見出すことが出来る。 死を認識するとは、即ちこれ以降を認識出来ることにある。 ただ殆どの人間は、その区切りが何のためにあるのかを知らない。 仏道曰…

知識と鎮痛薬

主観拡大の装置ばかりが身の回りに溢れる中で、ペイン型の情報のみが気づけば身の回りを囲んでいることに気付く。誤った知識は、誤った知識を確証させる証左のためにクリックを繰り返す原動力となり、批判を受ければ止むこともなく逆発火的に加速させるのみ…

哲学するとは何か

殊に哲学に関する批判は、人批判性を多少なりとも含んでしまう。それは哲学が理論の提示では、哲学しているとは言えないように、自分の生き方が哲学しているかを考える際には重要になるからだと思う。だから生き方に関する批判的性質が少なからず含まれてし…

枯葉

部屋で本を読むことにも飽きてきたので、近所の自然公園を散歩した。 夕暮れになって、陽の光が地面の落ち葉に反射して綺麗だった。最初は何が光っているのか、分からなかった。ずいぶん長い間、地面の枯葉を眺めていた。

本屋と図書館の違い

本屋と図書館の違いについて考えてみる。 なぜそのようなことを考える至ったのか。 名古屋の栄駅にある丸善に立ち寄ったことがきっかけではあるが、 店内は綺麗で整然としているが、全く本屋へ入った時の冒険心というような気持ちを感じない。図書館でも見て…

スティーブンスとイチロー

私どものような人間は、何か真に価値のあるもののために微力を尽くそうと願い、それを試みるだけで十分であるような気がいたします。そのような試みに人生の多くを犠牲にする覚悟があり、その覚悟を実践したとすれば、結果はどうであれ、そのこと自体がみず…

何か性を求めて

いわゆる自分探しの旅というもので、自己についてよく分からないまま探求するせいで彷徨っている方が散見出来る。何かを探しているという状態。無くし物が何か分からないまま失せ物を探している。もしかしたら失くしていないかもしれないということも十分に…

レバレッジで見る世界

レバレッジとは簡単に言ってしまえば他人のエネルギーを利用して自分のエネルギーを増加し目的を達成する行為だと思っている。 レバレッジは普段日常の中に溢れている。手元にあるリソースでは普通手に入れられないチャンスを手に入れる事ができる。奨学金な…

流れ星

流れ星はなかなか見つけられないが、実は見えてないだけで結構あるらしい。 流れ星が多く見られる場所に移れば願い事も叶いやすくなるかもしれないが、まさかこの環境こそが問題だと気付ける人がいくらいるだらうか。

海は怖い

海は怖い。絶えず大きな力が働いていることが、波打ち際に居ると分かる。 風が吹けば波によって何の躊躇なく引き摺り込まれるだろうし、人間がいくら居ようが御構い無し。そういう、機械的に殺意のない現象がふと怖くなる。

初詣とくじ

初詣に行った。大吉だった。 小銭が無かったから、借りた金でひいたクジだった。この場合、大吉は君の運勢なのか、私の運勢なのか非常にややこしい。 この際、ふたつに分けてお互いに吉ということにしないか。

角みと丸み

冬は夏よりも物が角ばっている気がする。 言ってみれば、夏より冬の方が包丁の切れ味もいいかもしれない。 刺すような寒さという。刺すような暑さというものは聞いたことがない。 冬というものは鋭利なものなのかもしれない。 だから、影響されて存在する物…

富士の絵

オフィスの窓から遠くの方を毎日眺めているが、実際にそこへは行ったことがない。そんな場所は多いと思う。電車に乗って車窓から毎日見る場所とか、色々。 いざ、じゃあその場所へ行こうと思うと途中で壁にぶつかって、それが絵に描いた背景画だということに…

揺れ

電車に乗る。揺れる。倒れそうになる。 この時、無力さを感じる。 ぶっきらぼうに人を運ぶこの鉄の箱に身体を預けなければいけないことに。

承認欲求の包括する条件について

承認欲求が包括する条件を整理してみると、承認欲求それ自身がまず自分が認められたいという欲求であることの以前に他者を認める行為であることが言えると思う。つまり、承認欲求が満たされるには、だれに承認されたのか、どのコミュニティの中で承認された…

無くし物

先日、買ったばかりの物を買い物袋に入れたまま、どこかに置いてきてしまった。鋳物の小さな灰皿である。服を試着した店に置いてきてしまったのか聞いてみたけれども見つからなかった。無くしたことは悔やまれる。 考えてみると、無くし物はどこで無くしたの…

非日常性は日常性の中に

昼間、車内の電気を消した小田急線が走っていたことがある。空調も止められている。車窓を開けて風を車内に取り込む。テレビは日本地図が赤くなったり黄色くなったりしているものが映るかコミカルなキャラクターが踊っているだけだった。コンビニに置いてあ…

一人の三次会

忘年会の季節がやってくる。 23時頃に、スーツ姿の人間が居酒屋の前でたむろしている。 次に行こうとも、もう帰ろうとも、言うことができない参加者たち。誰かについていけばいいと思っているからいつまでたってもだらだらと。 酒を飲むとコーヒーが飲みたく…

足を投げ出して座ってみろ

足を投げ出して座ってみる。非常に心地が良いものだ。 平日はいつも足を折りたたんでいるから、骨が喜んでる。 足を真っ直ぐにして座ることすら、いまは忘れがちだ。 人間は足を自由にして、座っていい生き物だということも忘れてしまう。

所有物と管理能力の関係について

結論から言うと・・・ ・個々人が管理出来る所有物の量と実際の所有物の量が合っていないと物が片付けられなくなっていくということ。・所有物の管理には「時間」と「空間」の要素が必要になるということ。これらを総じて管理能力と呼びたい。・自分の管理能…

コーヒーカップについて

今朝、コーヒーを飲みながら思った。マグカップとコーヒーカップで飲むコーヒーの味に違いはあるのかどうかと。調べたところ、マグカップとはカップのうち取っ手のついたカップを指示するらしい。なので、コーヒーカップもマグカップの仲間なのである。では…

今日の雑感

今日は正午過ぎに起きた。昨日の酒も抜けきっていないようで、身体が重く感じられたし、今日はさむい。しばらく布団の中にいて、昨晩の事を思い出した。遅くまで酒を飲んだ次の日は大抵こうして省みている。ろくなことはない。 小一時間ほど、そうした後、玄…

知らない街も知ってる街も休みの日に歩くだけで、気づくものが多い。 天気とかにおいとか、偶然に見かけた人とか、車とか、いろんな要素が違う様に見せてくれるし、実際違うのだろうと思う。同じ街は二度とない。 自分自身にとっての何よりの身近な非日常は…

朝の珈琲

毎朝、モーニングを食べている喫茶店にて、珈琲を頼んだところ、マシンの調子が悪いらしい。 珈琲の味が変わっているかもしれないと店員に言われた。私から言えばこれまでに違う味に感じる日は幾度かあったのだが、これは相当のようだ。 はっきり言ってこの…

庭の蟻 日向日陰を 走りけり

庭に蟻が列を作っていたので、眺めていると、どうやら餌を運んでるわけでもなく何故、列を作っているのか不思議だった。 よく見るとそこは細い日陰になっていて、蟻はそれを選んで歩いているようだ。 たまに道を外れて日向に入った蟻もいるが、すぐに引き返…

通勤とサードプレイス ①

通勤という行為は具体的に謂えば「通勤」によってファーストプレイスである「自宅」とセカンドプレイスである「職場」を結ぶ行為です。 改めて考えると当然のことのように感じますが、極めて近代的で合理的な行為だと思います。 例えば電車に乗ってしまえば…